【連載】ドゥーラへの聴き取りレポート 1

May 10, 2017

 

ドゥーラシップジャパンのメンバーであり現在イギリス在住の木村章鼓が、イギリスのドゥーラ達へ行った聴き取りレポートを全4回にわたって掲載していきます。

以下は、2016年5月5日(木)に開催されたイギリスのドゥーラ団体SMDの年次総会時に行われた簡単な聴き取りの記録です。

 

Surrey & Middlesex Doulas(SMD)というイギリス、ロンドンの南西エリアを中心としたドゥーラグループを立ち上げるにあたって、立ち上げメンバーが大切にしたかったことは、 地域の女性達にとって、子産み子育てのリソースのひとつになることでした。原文ではa platform to reach out to expectant parents and new parents in the local areaとなります。いかにして地域(サリー州とミドルセックス州)の女性達のニーズを聴きとり、地域医療と連携しながらドゥーラ活動を展開していくのか。また、同じエリアのドゥーラ同士がお互いの知識や経験を分かち合いながら、どのようにして一緒に成長してくためのセンターとして機能していくのか。立ち上げ当初はたくさんの課題があったといいます。中心となって動いてきたZaraさん(SMDのオフィシャルサイトでプロフィール確認できます)にお話を伺うと、発足は 2013年の 5月に遡るとのこと。

 

当初は 10名程の会員数であったものが、2016年 5月現在 26名となっています。この 3年間、引っ越しなどで退会したドゥーラ 5名。年会費は初年度35ポンド(当時のレートで約 5 千円)、会員の更新手続き費用は 10ポンド。会員の多くは私自身も含めて、Doula UKというUK最大のドゥーラ運営組織にも加入しています(いずれの団体も、会員はその地域に居住していなければならないので、17 年の夏、私はフランス、パリへの引っ越しを控え、両団体から退会予定です)。

 

この日の参加者は途中退室したドゥーラも含め 15 名( 26 名中)。一見少ないようですが、24 時間オンコール中は先の予定が読めないバースドゥーラの多い中(メンバーの中には産後ドゥーラだけに特化しているドゥーラもいますが)、この出席率の高さは妥当と思いました。

 

さて、この記録を書くことになった経緯について少し触れさせてください。

2016年 4月に私が岸(福澤)利江子さんとメールのやり取りをしていた時でした。日本を拠点に世界各国のドゥーラ事情を研究する彼女に、「近々SMDの年次総会があるので、もしよかったらこの機会にイギリスで活躍するドゥーラへ向けて何か聞いてみたいことなどありませんか」とお声をかけたのです。そこで提示して頂いた問いかけは、以下(赤字の部分)の通り、興味深い内容でした。

ドゥーラへの質問

 

(聞き取りは、SMD総会の最初に、椅子を輪にしたセッティングで木村からグループに向けてひとつずつ口頭にて質問していくカタチで進められました)

 

Q.1 ドゥーラは非専門職と思いますか?専門職(あるいはそれを目指すべき)と思いますか?

 

この質問を SMDの総会前の持ち時間で最初に口にした時、まず、「えっ?」というどよめきがあがりました。その後に、専門職であるかどうか、とは?どういうことか。そのような質問は当たり前のこと過ぎて、あえて聞かれるとびっくりする、というような反応が返ってきました。

 

誰しもが自分はドゥーラとして専門的な活動をしていると自負している様子です。

 

例えば、筆者(木村)の出席した 2016年 3月開催の Doula UK 総大会では、100名以上のドゥーラが一堂に会し、基調講演の他、数々のミニセミナーを受講しながら丸一日を共に過ごしたのですが、その会場でも、「お産に携わるプロとして。。。」とか、「専門家として。。。」といった表現が、10年前と比較して、より多く使われている印象を受けました。

 

続いて、もう少し詳しく SMDドゥーラ達の意味する“専門性”の意味について聞いてみると、活発に意見が交わされました。例えば、母乳育児支援者、産前教育者(バースエデュケ―タ―)であり、ヒプノバーシングといった妊産婦のメンタルな部分を強化するサポーター、陣痛を共に帆走する者、お産中の瞑想のガイド役、産後の食事作りや家事などの支援者など、ドゥーラによって、理解する専門性という言葉の意味は多様です。さらには、ドゥーラの提供するケアにおける専門性とは、一般に理解されているものとはニュアンスがまったく異なると言う者も現れました。この日の総会の会場として自宅を提供し、Doula UKの副会長もしたことのある御意見番のドゥーラ、サリ―アンさんです。彼女は、「ドゥーラまでが『私がプロ!』みたいな顔をしたら、不安なお母さんが気軽に話せる存在は周産期ケアの一体どこに在るというのでしょう?」という彼女なりの意見をシェアしました。家族のような親密な関係でなくても、または、励まし方が上手くなくても、産婦さんと赤ちゃんをこころから想い、産婦さんと同じ目線に立てることにドゥーラとしての存在意義があります。「そこには究極的に高い共感能力が求められているわけで、それを専門性だと言ってくくることはできない」というスタンスが大事だということです。純粋にドゥーラの原点を見つめるならば、人が人に寄り添ってあげたい、という想いさえあれば、お産の場にあって静かに座っているだけであっても、しっかりと役割を果たすのがドゥーラなのでしょう(イギリスでは、sit in というムーブメントが何十年も前に起きました。彼女達は陣痛が始まった産婦さんの傍らにじっと座り続ける存在でした。医療者でないにもかかわらず、お産の結果に貢献できる存在として注目され、ドゥーラが職業として誕生し、定着する頃まで、ロンドン市内の公立病院を中心に活動していたといいます)。

 

<Q1 についての反応を聞いてみて>

確かに私も 10 年前にスコットランドでドゥーラをしていた時と今とでは、気持ちの持ち方にもずっと余裕があり、場の創り方もスムーズにできるようになってきたかなと思います。ドゥーラとして活動していくうちに、細かい知識や知恵は年を経るごとに着実に身についていきます。そういうドゥーラの付き添うお産では、産婦さんは自分のしていることに対してより深い自信をもって臨めます。ドゥーラ達自身も、数々の研究によって世界中で証明されたバースドゥーラケアの EBM(evidence-based medicine) に自信と誇りを持って活動しています。科学によって検証され、成果が広く認められていくことは、どのような職業であっても、その業種にとって大事なことなので、嬉しい動きです。ただ同時に、それによってドゥーラたちが「プロ」や「専門」という言葉を連呼しなくてもいいような空気づくりも大切にしたいことだとも感じます。

 

【連載】ドゥーラへの聴き取りレポート 2 へ続く

 

 

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